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アイフォーンのアプリでロモチックに撮れる機能とかあるみたいですが、私は断然フィルム派です。

が、出来ればもう二度と見たくない!と思った人とか写ってるのがわかってるフィルム、現像するかちょっと迷います。
やっぱり人間は写さないに限ります。

どーしてくれんねん、36枚撮りフィルム・・・。
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長年放置状態に陥った、初めて作ったマイホームページが、消えてました。
サイトを作っていたソフトが使用不可になり、パソコンのクラッシュでデータが吹っ飛び、仕方なく見るしかなくなってはいたけど。

10年目にして、ジオシティーズ市民から抹消されてしまいました。あああ。

せっかく小説いっぱい書いてきたのにー!!

ビルダーで作り直そうと思いながらもたもたしてたら、使ってないと思われたんでしょうか。
かなり初期市民やったのに、ジオのバカー!!
幻のホームページになってしまいました。

デッドサイトでも残してほしかったのに・・・。
課題
「紀行文」(1200字)

 いざ、高野山

 2008年4月。仕事を辞めた私は、リュックを背負って高野山を目指していた。
 世界遺産、高野山。寺社仏閣、仏像が好きで、京都や奈良を徘徊していた私にとっては、一度は訪れてみたい聖地だった。近くて遠いような気がしていたのだが、南海電車に乗ってみると二時間もかからずに到着して少し気が抜けた。

 斜面にへばりつくようなケーブルカーは、座席が階段状になっていて、うっかり先頭に乗って後ろを見ると、気が遠くなりそうな急勾配を見ることになる。乗客はリュックに帽子に杖。皆ご年配が多い中、ハイキングらしい若い男性はちらほら見るが、女性一人でぽつんと座っているのは私だけだった。
・・・もしかして、かなり場違い?
 頂上からバスに乗ると、場違い感はさらに際立つ。そのままあの世まで行ってしまいそうなご高齢のご一行様と同乗して、一路奥の院へ。
「高野山まで来てなあ、奥の院まで参るのにバスなんか乗ったら、価値がないんや」
 しきりにそう言うご老人は、なぜバスに乗っていたのだろうと思いながら、価値のないらしいバスで奥の院前まで楽をして辿り着いた。奥の院まではガイドブックによれば、織田信長、春日局、親鸞聖人など歴史上の有名な人物のお墓が満載の道程だ。苔生した石碑や卒塔婆、お地蔵様がずらりと並び大木が生い茂る参道は圧巻だった。

 無数の吊り燈篭が燈る薄暗い奥の院の燈篭堂で、しばらく目を閉じて座っていた。体中に染み込むような、線香と蝋燭と焼香の護摩の香り。誰かの祈祷中らしく、読経が響く中で正座しているのは不思議と心地よかった。
 行きはバスで通った道を、ゆっくりと景色を見ながら歩いて戻っていく。一泊の予定で宿坊を取ったのは遍照光院という古い寺院。ニコニコと出迎えてくれた住職は若い僧侶を呼び、きしむ廊下を部屋まで案内してくれた。
 通された部屋は十畳床の間付き。一人で独占できるとはなんとも贅沢な気分になる。雪見障子の窓からは手入れされた美しい日本庭園が見え、スピーカーで流しているのかと疑いたくなるくらいはっきりと、ホーホケキョ、とさえずりが聞こえた。

 私が宿坊での体験を申し込んでいたのは、写仏と阿字観(瞑想)。細い筆に墨を付け、息を詰めて、自分で選んだ文殊菩薩様をなぞっていく。完成させた写仏は寺院の落款を入れて帰りに渡してくれる。紙代という名目で千円を納める。
 阿字観は団体客が多数いるにもかかわらず、私と外国人カップルの三人だけだった。若い僧侶は英語が堪能で、私には日本語、カップルには英語で交互に説明してくれた。壁にかけられた大きな掛け軸には、光り輝く月と仏陀の顔、そして手印が描かれていた。瞑想をするに当たり、意識は月の光のように白く輝き開放されるのだという。

 貴重な体験で満足した高野山だったが、惜しむらくは、食べきれずに残してしまった精進料理で罰が当たったのか、聖地で金縛りにあったということだ。

(本文1200字)


注)先生からのコメントがとんちんかんだったので、あえて控えさせていただきます。
 自己紹介
 彼女は今年35歳になる独身女性。名前も顔も体型も、ごく平凡。どちらかというと、影薄く生きようという意識が垣間見えるが、口を割らせると案外毒舌家。大声では言わないが、こっそりと町家とトイカメラが好きらしい。
 本とパソコン専用の部屋があるほど、活字好き。こちらは公言しているようだ。


 キャッチコピー
 「待ち時間も、また愉し」



 「F」限定、カフェの過ごし方のススメ。(800W)

 彼女の宝物は、6cm×10cmほどのずっしりとした黒ボディのトイカメラだ。正式名称を「LOMO LC-A」という。根強いフィルムカメラ愛好家たちの間では人気の、製造中止になったロシア産のカメラである。
 その宝物のカメラを持ち、彼女が月に一度の割合で、友人と向かう店がある。
 西宮にある「F」(仮名)は、一見洒落た雑貨カフェのように見えるが実はマニアには名高い店である。オーナーはひょろりと背の高いなかなかの男前で、彼目当てに通いつめる女の子も一人や二人ではないらしいが、公言済みの妻子持ちで、カフェの担当は彼の愛する奥様だ。
 そんな「F」のメインはカフェや雑貨ではなく、フィルムの現像、プリントである。オーナーの写真好きが高じて店を構えることになったという。
 店に入ってすぐ脇にあるカウンターの奥には専用のラボがあり、フィルムを持ち込む人の好みに合わせてオーナーが注文を聞いてくれる。常連になると何もいわなくても、フチあり、ツヤあり、色濃い目、など好みどおりに仕上げてくれる。
 店の奥にあるカフェには、写真が仕上がるまでの「待ち時間」をゆったりと楽しんでいる客の姿がある。中にはネットを通じてカメラ好き同士が集まっていたり、ナンパ目的の客でない客も時折見受けられる。
 撮りためたフィルムを預けてからカフェに陣取り、友人と互いのカメラをいじりながら会話を弾ませていると、オーナーが出来たばかりの写真をテーブルへ差し出してくれる。未だほかほかに暖かい写真を受け取り、早速テーブルに広げて、お茶会から即席寸評会へと突入し、楽しい時間は過ぎて行く。
 「F」の魅力は単に写真マニアの店ではなく、廃材利用でゆがんだテーブルや、カメラがレバーになったトイレのドア、くり抜かれたボウルで作ったチャーミングなライトに至るまで、オーナーこだわりの遊び心にあると、彼女は思う。


講評:
自分を第3者にした視線が、いろんなことをクリアに伝えてくれました。
文体も端的で、とても読みやすかったです。
写真を好みに仕上げてくれるカフェ、意外性もよかったです。

筆者より:
7月から通ってないので現像に出したくて、うずうずしてます。
かわいくて、秘密基地っぽくて、自慢したいけど誰にも教えたくないような、そんなお店です。
 弔辞(800W)

 Iちゃん。
 あなたが亡くなったという、思いもよらぬ悲しい知らせを受けた瞬間、わたしは暗闇につき落とされたような絶望感に襲われ、言葉もなく立ちすくんでいました。
 あなたはどうしてそんなにも早く、結論を出してしまったのですか。あなたの苦しみに対して、わたしは何もしてあげられませんでした。ただそれが苦しく、悲しい思いです。

 思えば、あなたとは大学時代からになる長いお付き合いでした。あなたの飄々とした風格は、本人の知らぬところでどこか人を惹きつけるものがありました。趣味も豊かで、小説の話などを始めるといつものあなたとは別人のように、いきいきと語ってくれましたね。
 あなたの想像力は尽きることがなく、わたしたち二人はいつもあれこれと共同作業を夢見ては、いつか一緒に仕事をしようと思いを馳せていました。親や兄弟にはいえないことでも、あなたとは何でも話し合うことができましたね。

 気がつけばいつも側にいて、互いに影響されあい、また、刺激しあい、できることを一つずつ増やしていきました。互いに目指すものの先が見え始め、わたしたちの夢は夢でなくなるだろうと思っていました。きっと現実になる、そう信じていました。
 けれど、待ち合わせをしては遅れるわたしを、苦笑いしながら何時間でも待っていてくれていたあなたは、子供は苦手だといいながらも懐いていた子供たちの相手をしてくれたあなたは、もういないのですね。どれも二度とない、懐かしい思い出となってしまったのですね。
 仕事にも恋愛にも夢にも、すべてに真剣に生きようとしたあなたの姿は、わたしたちの心の中にいつまでも鮮明に生き続けるでしょう。

 突然のことであり、ご遺族の方々の悲しみは、いかばかりかとお察し申しあげ、心より哀惜の意を表するものであります。
 このうえは、Iちゃん、あなたが安らかに眠られることを衷心よりお祈りいたしまして、わたしのお別れの言葉といたします。


友人代表



講評:
全体の流れはスムーズでとてもいい。だけどIちゃんのことが何も浮かんでこない。
どんな趣味があったんですか。小説といっても、純文学からミステリーまであります。
どんな小説の話をしたんですか。
できることってどんなことですか。私たちの夢って何ですか。
文章は具体的に、具体的に、です。でないとイメージは伝わりません。
「思いを馳せる」とは、遠くにあるものへの思いです。
「喪心より」は「心から」で十分です。


筆者より:
一応自分で死んじゃったヴァージョンです。殺されるか?自殺か?事故死か?病死か?
色々迷いましたが、講評通り、具体案が浮かばなくて逃げたらこんな結果。
「自分を誉めてみろ」という意図は感じ取られたんですが、
誉めることも弔辞そのものを考えることもないまま人生過ごしてきたので、
一発目から打ちのめされた課題となりました。
2008.10.12 プロの文章。
最終課題が返ってきました。残すは卒業課題のみ。
「これはプロが書く原稿です。すごいね」って、プロになれてないド素人が書いた原稿に高評されても、ちょっと微妙。
じゃあ、ライターとしてご飯が食べていけるのか?
たぶん、無理でしょう。チャンスがない。出会いがない。って、男みたい。苦笑

相手が求め、喜ぶような文章を書く、というのはなんとなく判ったような気にはなる講座でした。
受賞したら人生が変わった・・・なんてことはないんでしょうね。夢は見ずに心にしまっておきます。はい。
2008.10.05 初ミク。
mixiに参加して、一週間。友達の友達の・・・というつながりからか、レスポンスの速さに驚きの日々。
ブログって、ほとんどコメントなしでスルーされてるもんなあ。

書いていいネタを振り分けながら、どっちもつらつら書いていけたらと思っておりますが。

卒業制作の課題も無事終わり、本日送信しました。
後は二週間後の結果発表を待つのみ。
なんか成果は上がるんでしょうか。

未だ親にも一度も作品を見せたことがないんですが、なんか賞取れたらね~とはぐらかしておきました。
だって見せる気ないもん。笑
次回講座の後と最終日にはすでに打ち上げが決定。
痛い出費が続きまする・・・。
2008.09.27 初、文章。
ブログでは何も語るまい、と一応心に決めて写真と言葉をちょろりと載せていたのだが、ネタがなくなった、というわけではなく書きたくなった。
卒業課題5500字書いても未だ足りないか、と笑いたくなるくらいどうやら自分が思う以上に書く行為が好きらしい。

毎週土曜日に編集・ライター講座というところに通い始めてはや4ヶ月も終わり。来月には修了式が待っているではないですか。
通うにあたり、自己紹介用に作った名刺は未だ半分も残っている。こちらは思った以上に引っ込み思案だったんだなあという実感が。

しばらく私生活でおとなしーく自制していたのが、ぶちっと切れた模様。そういえばこれ写真専用に作ったんだっけ?とは言わない程度で書いていくのも精神的にはよいかと。
ネガティブなら誰にも負けないぜ!!とは言っても致し方ないので、ポジティブで歩いていけますように。ちょっと自分に渇入れてみたりして。
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